2017年5月16日火曜日

明治23年、1890年に作られたアーチ橋「水路閣」

"京都を訪れるなら、中坊進二は静かな東山エリアが好きです。東山エリアには臨済宗南禅寺派の大本山、南禅寺があります。 南禅寺の境内を抜けた木立の向こうに、重厚なレンガ造りのアーチ橋があります。これが「南禅寺水路閣」です。まるで古代ローマの橋のような佇まいにはっとさせられます。 この橋は琵琶湖の湖水を京都市内に引く琵琶湖疏水を通すために、明治23年(1890年)につくられました。全長93.2メートル、高さは14メートルあります。京都市の史跡にも指定されています。 南禅寺の敷地内に近代建築が建っている姿に、中坊進二も最初は大変驚がされました。なぜ、このような水路が南禅寺の境内に通されたのでしょうか。 水路は最初は山の中に通すはずだったのですが、計画した部分に天皇家の分骨場があるとわかり、宮内庁が許可せず、急遽、南禅寺の境内を通るコースに変更になったのです。建設から120年が過ぎましたが、現在も琵琶湖からの流れが小川のように流れています。 レンガ造りの西洋風のアーチ橋が日本古来の伝統的な木造建築の南禅寺の風景となじむのか、最初は中坊進二も疑問に思いました。しかし、木々の間から見えるアーチ橋の古びた風情は南禅寺の静かな景色に見事に馴染み、何とも言えない情緒や奥行きを感じさせるのです。橋脚をのぞいてみると、アーチが重なり合うようにして奥まで続いています。まだまだ知らない不思議な京都の顔がそこにあり、中坊進二は引き込まれました。 南禅寺水路閣の設計を手がけたのは田辺朔郎という21歳の技術者です。明治維新の頃、東京遷都で衰退していた地域を復興させる策のひとつして琵琶湖疏水の計画が期待されたのです。 アーチ橋の右脇にある階段を昇ると、疎水の流れを見ることができます。反対方向には上流の蹴上まで続く小道が続き、静かな散策スポットとなっています。蹴上には線路跡地と、船を運搬した台車が保存され、春には美しい桜並木も見られる穴場スポットとなっています。 桃山時代に再建された南禅寺から、明治維新の時代に建てられた水路閣へと抜ける不思議な道。京都東山の静かで美しい四季を感じる旅をぜひ楽しみたいですね。市バス岡崎法勝寺町下車が便利です。 "

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